管理人が経験した不妊治療の体験記-子宮奇形・第2子不妊-

第2子不妊治療体験記

2007年9月 第2子不妊治療記(AIH編)

自己嫌悪です 

投稿日:

レモンの幼稚園に呼び出されました。
担任の先生曰く「夏休み中に何かありましたか?」だって。
聞けば、2学期が始まってからレモンの幼稚園での態度は1学期のソレとは
真逆なんだそうで、先生が戸惑ってしまっているらしいです。
お歌の時間に机の下にもぐって寝そべってみたり、
トイレに行くと言って帰ってこないので見に行けば、違うお部屋で遊んでいたり。
お着替えも最後で体操の時間に遅れていったり。。。。
今までは優等生タイプで、できない子をやさしく手伝うレモンちゃんで有名で
お友達からも「レモンちゃんはやさしい」と言ってもらうことも多く
発表のトップバッターを任されたり、先生からもどちらかといえばヒイキにしてもらっていたタイプだったんですが。
それだけに先生の動揺も激しいようで。。。。
思い当たることは、、、、ありました。
夏休みの間、私が精神的に軽く鬱(うつ)状態になっていたんです。
夏休みが終わってやっと2学期が始まり、8月の終わりからレモンが幼稚園に行くようになって、一人の時間が持てるようになった、ここ2.3日で気が付いたんですけど。
7月に科学的流産といわれて、やっぱりショックでした。
妊娠できなかったことのショックよりも、私の人生について悩むことが多かったんだと思うんです。
このまま、第2子の妊娠にこだわるか。
仕事を見つけて第2の(第3の?)人生をはじめるべきなのか?
若くして結婚して、いいママになろうと思っていた私の決断が間違いだったのかな?。だって、子供も一人しか産めないしさ!
なーんて具合に。
今更になって、結婚せずにずーっと働いている友達が昇格しただの、
海外赴任になっただのっていう報告を受けて、ムショウに劣等感を感じたりして。
私は結婚することを選んだのに、子供も産めないのか!ってまた落ち込んで。
で、イライラしてレモンにあたって・
私の人生あんたにかけてるのに、なんであんたはこんなこともできないのよ!!!!
はっきり言えばこういうことです。
レモンが私の人生になってしまっている現実を突きつけられて、
レモンがとても出来の悪い私の分身に見えてしまっていたんだと思うんです。
それで、レモンに暴言を吐き、レモンを傷つけ、泣かせて、
私はそれでストレス解消できてすっきりする。。。。
幼児虐待のなにものでもありません。。。。
なぜ、叩いているそのときに、気が付いて自制できなかったんでしょうか。
弱い人間です。私って。
こんな最悪の母親が夏休みの間中続いていました。
運悪く、流産直後に夏休みになったのもいけませんでしたね。
何するにでもレモンがいますから。
ジムにも通えず。好きなテレビも見れず。
お盆も重なって、帰省だのなんだので「二人目は?」攻撃にもさらされて
追い詰められていく条件が整いすぎているタイミングだったんだとも思います。
言い訳ですけど。
レモン。ごめん。
1ヶ月以上もたって、やっと気が付いたよ。
辛かったね。
たたいてゴメン。暴言吐いてゴメン。
お母さん、立ち直るから。

-2007年9月, 第2子不妊治療記(AIH編)

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